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1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 10月 11月 12月
10月23日、仙台市長をはじめ、市議会議員、市関係職員、そして、大河原土木事務所の職員、川崎町議会議員、町担当者に私の総勢33名で4年連続の現場視察を実施しました。
まず、仙台市赤石の現場(写真上)。仙台市は1・4キロメートルを担当しており、今年度の予算は11億円。工事用の仮桟橋の建設を終え、碁石川を横断する橋桁の脚の基礎部分を建設中と説明あり。現場は碁石から仙台に向かい、赤石パーキングの手前100メートルの所から碁石川に下った場所。国道を通過する車両から見えないのが残念でたまりません。
その後、川崎町碁石の川向地区の現場へ。今年度の予算は3・5億円。碁石から仙台に向かって初めての橋の橋台が、両岸にその姿を現すことに。これから、橋になる部分の上部工の工事が発注され、令和7年度の完成に向けて事業を進める予定。
橋の工事が終了すれば、8年度以降にトンネル工事に着手するが、トンネル掘削には、湧水の発生も予想され、難工事が続くようだ。
改めて、視察開始前に郡仙台市長、橋本仙台市議会議長、眞壁川崎町議会議長より挨拶があり、「工事の進捗状況を実際に確認し、皆が現状を認識する良い機会である。」との内容が述べられた。また、参加者からは「昨年に比べ、ずいぶんと工事が進んだようだ。大変な工事で、予算がかかるなぁ。」との声が聞かれた。
30年以上最後に、私が今年も講評の一言を。「昨年も申し上げました。石の上にも3年と言いますが、仙台の赤石から川崎の碁石まで、石から石まで30年。このバイパスを完成させるため、30年以上前から、先輩たちが各方面に働きかけをし、努力してきました。
1年でも早く完成するよう石にかじりついても、という思いです。仙台市の方々も、宮城県の方々も、この事業に億単位の予算を、臆することなく投入していただきますよう切にお願いいたします。現場視察は、今後も毎年実施し、皆さんと進捗を確認したい。引き続きのご協力を。」
仙台市の工区は1. 4キロ。赤石のコンビニの付近から始まり、赤石パーキング・トイレの脇に交差点が新設され、川崎方面に向かって道路が延長、碁石川を渡る橋が架けられトンネルへ。写真の左側に工事用の仮桟橋、右手前には橋脚の基礎部。向こう岸にも作られ全長207メートルの1号橋梁を支えることに。
右から、仙台市の担当者、郡仙台市長、眞壁議長、小山町長、遠藤雅信議員。
赤石パーキング手前100メートル地点から左折し、つづら折りに下ると大きなクレーン車が見えます。
碁石・川向地区の現場より仙南生コン様・プラント方面を臨む。川崎町の現場が宮城県の工区で1. 3キロ。碁石から仙南生コン様付近より碁石川を横断する橋の橋台が完成しつつある。橋台間の距離は約93メートル。碁石から赤石まで3つの橋と2つのトンネルで結ばれる予定。手前では、大河原土木事務所・副所長さんの説明が始まっている。
仙台市と川崎町の広域行政連絡協議会は47年前の10月29日に設立。設立当初から国道286号の改修は、川崎町側の悲願である。
説明を聴きながら、資料と比べる小山町長。後ろにいるのは仙台市の職員の方々。
ジャズのスタンダードナンバーや「りんご追分」、心にしみるオリジナル曲。そして、なんと川崎・富岡中学校の校歌まで、4人の演奏
家が繰り出す曲に会場のムードは最高潮。初めてジャズに触れる人、聴き慣れた人、170人が秋の夜のコンサートを楽しみました。
リーダー(右から4人目)の誠実で軽妙な?トークも絶品。笑いもこぼれます。 山村開発センター 9月22日 午後7時50分頃
映画「スウィングガールズ」が19年前に公開。山形の片田舎の女子高生たちが補習授業をサボる口実としてジャズバンドを始める。当然のごとくやる気はゼロ。しかし、楽器から少しずつ音が出てくるにつれてジャズの魅力に引き込まれ、ついには本気でバンド結成を決意することに。
とはいえ、楽器はないし、お金もない。バイトをすれば大失敗。なんとか中古楽器を手に入れて、いざ練習!と思いきや、今度は練習場を追い出される始末。そんな彼女たちの合言葉が「ジャズするべ」でした。
様々な困難を乗り越え、彼女たちは演奏会を開催します。曲名は知らずとも、盛り上がる曲であれば、お客さんもいつの間にか動き出します。やがて、1人の若い男性が、
「すべての人間は2種類に分けられる。スウィングする者と、スウィングしない者だ」と言いながら立ち上がり、手拍子を送り続けます。すると会場内は総立ちになり、みんながリズムを取り、万雷の拍手と声援のうちに演奏が終わります。スウィングとは、ジャズの曲のリズムに乗ること。リズムに乗って体を動かすこと。
このたび、長年、仙台でジャズバンドを率いてきた安田智彦氏を招いて、コンサートを開催しました。当日は、町内の全小中学生の皆さんを対象に、スクールコンサートも実現。
多くの皆さんにジャズの生演奏を聴いていただきました。ジャズのスウィングに、リズムに乗っていただきました。ジャズ聴くべ、乗るべ、です。
ちなみに安田氏は、東日本大震災以降、気仙沼市を中心にボランティア演奏会を300回以上行ってきた方であり、私と同じ66 歳です。
午前は小学生、午後は中学生を前に演奏。
この中からプロが生まれるかもしれない。
皆さん、おはようございます。
8月6日の町長選挙で4選を果たさせていただいた小山修作です。
本日、私は、私たちの目の前にある仕事に、心から謙虚な気持ちで向き合い、町民の皆さんから託された信頼に感謝し、先人たちが行ってきた営みに思いをはせながら、ここに立っています。
思えば、これまで多くの先輩たちが町づくりの先頭に立ちました。
貧しさゆえに、子どもたちに食べ物や教育の場を与えられなかったり、年老いた人々に十分な医療を提供できなかった時代もありました。
また、このたびのコロナ禍のように迫りくる感染拡大の中、町民の命をどのように守ればいいのか、手探りの状況を余儀なくされる時代も。
しかし、どのようなときも、この町が存続できたのは、指導者の存在や力量だけでなく、ここに住む人々の努力と忍耐があったからなのです。
そしてなにより、この役場に集う皆さんや、皆さんの先輩方のご尽力があったからなのです。
突然ですが、今、アメリカでは、来年11月の大統領選挙に向けて、指名争いが始まりました。民主党のバイデン大統領は80歳、片や共和党のトランプ前大統領は77歳。決して若くない2人ですが、今から62年前、43歳の若さで選挙に勝利した第35代大統領、ジョン・F・ケネディは、真冬の北風が吹きつける屋外での就任演説で、国民に呼びかけました。
「国民の皆さん。国が皆さんのために何をしてくれるのか、と問うのではなく、皆さんが国のために何ができるのか、を問うてもらいたい」
この言葉は、私たちが中学1年生で習った簡単な英単語で構成されています。しかし、その意味は、とても深く、かつ高尚なものでした。
それは、現実の厳しさを心得ながらも、知られざる未来に立ち向かっていくという決意と緊張感に満ちたものであり、歴代の大統領演説の中でも稀有(けう)な名文だと言われています。
一方、現在のこの国はどうでしょう。働き手、正社員は3600万人、非正規や派遣が2100万人。いつ切られるかわからない不安定な人々が30年前から増加。人口減少・高齢化・低成長時代、その中にあって私たちは、町民がより良い暮らしができるよう、誰もがこの町で生きていけるよう、町民のために何ができるのか、何をすればいいのか。
62年前、ケネディ大統領が国民に呼びかけたように、困っている人々を助け、頑張っている人々を応援するために、私たちが何ができるのかをともに考えていただきたい。
私たちは、この町に集い、この町に営み、この町で働く仲間です。これまでの皆さんの町づくりへのご尽力に川崎町民を代表して心から感謝と御礼を申し上げます。
私も初心に返って努力致します。これからの道のりも険しいものでありましょう。だからこそ、私たち一人ひとりが初心に返って努力してまいりましょう。町づくりは、私たちの双肩(そうけん)にかかっているのですから。
多くの職員に語りかける。学生時代からの細いネクタイ。
青いネクタイ、青ネ、青根を好む。バッジは寛野秀雄町
長よりいただいたもの。万年筆は10年使用のパーカー。
スーツは濃紺のブルックス・ブラザーズ。大切に手直し
をして着ています。
早朝まで気を揉ませた空から雨が降り始めました。ステージに透明なテントを設置し、オープニングセレモニーの支倉豊年踊り・武将隊による再現シーン「政宗、常長に親書を託す」を上演。ここで私はパレードの中止を決断。
ステージ発表だけとし、お客様のところにも、できる限りのテントを設置するよう指示を出しました。
6月11日、午前10時20分頃
皆さん、こんにちは~、ようこそ小雨そぼ降る川崎町へ。雨にも負けず、おいでいただきましたこと、恐悦至極に存じます。
この雨は、釜房ダムに集まり、その豊かで清らかな水が、仙台市民をはじめ、多くの県民の喉を潤し、農業用水や工業用水となり、人々の生活を支えていくことになります。
改めて、ただ今、ご紹介いただきました川崎町の町長でございます。
さて、今から400年前、戦場を駆け巡り、遂には宮城の大地を蹴って、世界に飛び出していった男。伊達政宗公の命を受け、180人の仲間を束ねた男。それが、ここ川崎町で育った支倉常長なのです。
彼の責任と重圧と孤独は、いかばかりであったでしょうか。常長の勇気、努力、忍耐を現代に生きる私たちも忘れてはなりません。
時あたかも、世界の人々がコロナに翻弄され、ウクライナでの戦いが毎日、毎日、毎日、報道されています。世界中で争いや中傷が絶えない現在、私たちは常長を思っています。世界を駆け巡り、世界の人々を信じ、世界の人々と交渉した支倉常長の偉大さを思っています。
私たちは、このまつりを通して、常長の偉業を後世に伝えていかねばなりません。このまつりを開催するにあたり、ご協力いただいたすべての方々に、心から感謝と御礼を申し上げます。
かつて、常長がその目で見た宮城の山々。常長がその足で歩いた宮城の大地。
今、私たちは、支倉常長の思いを受け継いで、ふるさと宮城の大地をともに、堂々と、まなじりをあげて歩いていこうではありませんか!
いざ、世界へ!未来へ!
皆さんが楽しみにしていたパレードを中止しました。天候の回復が見込めず、全国的に子どもの夏風邪が、例年の6倍以上に上がっている現実を鑑み、実行委員長として決断しました。ご理解を。
4月、食料品の値上げが相次ぎ、依然として電気等の光熱費が家計を圧迫しています。川崎町では、町民の皆様の生活の一助になればと、町民1人あたり6,000円の商品券を配付します。コロナ禍の令和2年より4年連続、6回目となります。どうぞ、ご利用ください。
令和2年7月 |
1世帯に 10,000円分 |
令和3年6月 | 町民1人に 7,000円分 |
令和4年6月 | 町民1人に 7,000円分 |
令和4年8月 | 町民1人に 5,000円分 |
令和4年12月 | 町民1人に 5,000円分 |
▲わたしはお姉ちゃん。妹は赤ちゃん。
妹のことは「まかせて」 「まかせて」いい響きです。
4月29・30日の2日間にわたり「エコキャンプみちのく」でアラバキ・ロックフェスティバルが開催され、4万人以上の方が、熱き想いを胸に集結しました。
地元、川崎町からは29日の夜、「川内太鼓」のメンバーが登場。息の合ったバチさばきと夜空に響き渡る音色が、観客の胸を打ちました。
30日のトップバッターは、川崎中学校の吹奏楽部。いざ、ゆかん若き命とばかり、みずみずしい演奏を披露。大観衆からの拍手喝采、感動のステージ。
私も29日の朝イチで「ようこそ、アラバキの大地へ」と歓迎の挨拶。これが若者たちの間で「日本一盛り上がる町長の挨拶」と言われているそうです。
▲寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!
玉こん、牛串、キムチ、そばなど地元の美味しいものと記念グッズを揃えた川崎町のテント。
「地元のが一番、うまいっすよ」
「毎年、けんちんそば食べます」
「牛串とビール、最高!」
「玉こん、何本でもOk牧場」
おなじみさんとの楽しい会話に疲れも吹っ飛ぶ出店者の皆さん。
出店者の皆さんが、川崎町のイメージアップの主役です。皆さん、来年もよろしくお願いします。
▲町長です。ありがとう。また、来年!
このたび、9年越しの裏丁2号線の改良工事が終了しました。また、皆さん、ご存知のとおり、裏丁1号線は、既に整備がなされています。これによって、役場を前後する町道が通過しやすくなるとともに、冬の除雪作業がスムーズに完了したことを報告します。なお、1・2号線の工事区間は合計1,619m、工事費の総額は3億747万円の大工事でした。
下の写真と同じ場所で 平成26年1月
私が町長に就任したのは平成23年8月。東日本大震災から5カ月後。当時、震災からの復旧で頭がいっぱい。総額10億7000万円を要した工事が完了したのは就任から1年半後の平成25年2月のことでしたが…。
復旧工事の完了を待たず裏丁1号線の改良に着手。これは多くの町民の皆さんが望んでいたものでした。旧農協のガソリンスタンド跡地前から役場の裏をぬけて、中学校前の給食センターへ行く道と交差するまでの約600mが裏丁1号線です。
歩道と車道を分ける縁石と電柱が車同士のすれ違いを制限し、トラブルや事故が続出。特に女性ドライバーからは悪評で、除雪する人からも仕事がやりづらく、車を壊すこともあります、と報告を受けていました。
小中学生やこども園の幼児の送迎で朝夕、車の列ができる道路を改良すべく、平成24年度より測量・設計が始まり、6年の月日をかけ、総額1億2789万円を投入し、どこでもすれ違える、除雪もしやすく広い道路に生まれ変わったのです。
1号線の工事に弾みがついた平成26年度、役場の南側を通る2号線の改良工事に着手。1号線と同じようにブロック塀や電柱を移動し、木を切り、縁石を取り除き、側溝を入れ、舗装をし直す。これらの計画を町民の皆さんに理解し応じていただく。これには、多くの時間と段取りと、なにより予算が必要です。
まず、予算です。町のお金を使うだけではなく、国の制度もしっかりと利用しました。裏丁1号線の工事費の約50%、6500万円は国からの補助金です。国に申請しながら、少しずつ、財源を確保しつつ工事を進めてきました。
このようにして裏丁2号線、1041mの町道も生まれ変わりました。事業費の約50%、8950万円が国の補助金。9年の歳月を要しました。
皆さん、大変おまたせしました。関係者の方々、ご苦労様でした。そして、職員の努力に感謝・感謝。
これまで、多くの議員さんや区長さんから、裏丁1号・2号線の改良工事を要望されていました。
コロナ禍にあっても、工事を進められ、事故もなく完了したことに、胸をなでおろしているところです。
小山町長が3月13日、コロナに感染。39度の熱が14・15日と2晩続いた。その後町長は、16日から21日まで仙台市内のビジネスホテルで療養。22日に公務に復帰。27日には職員の異動を発表した。
なお、3月会議は6日から15日までの日程で、町長は最終日の15日のみ欠席。現在は目立った後遺症もなくバリバリ仕事をこなしている。
10日の午後、町長が役場内で対応した人が、翌日コロナと診断。小山町長は、対応の3日後より不調を訴えていた。
ホテルでは1日2回、体温や脈拍数を記録。その後、係より確認の電話あり。
部屋から出られるのは弁当をもらう時だけ。トイレなど部屋は自分で掃除。
ちなみに弁当は冷たいですが、これだけが楽しみ。んめぇ~。
コロナのワクチン接種を町民の皆さんに受けていただくため、陣頭指揮をしていた私が、コロナに感染してしまいました。
症状は、風邪に似ていましたが、39度を超える熱が出た2晩は、体中が痛くて、眠ることができませんでした。幸い、食欲はあり、しっかりと食べました。また、検査をしてくださった川崎病院から受け取った薬を、指示されたとおり飲みました。
16日から仙台市内のホテルに入ったのですが、その頃には熱は36度台になり、夜も眠ることができ、冷たい弁当も、ありがたくてありがたくて。
ステテコ姿で掃除する町長
川崎病院からの薬です
町長が描いた弁当の絵
3月17日の朝・昼・晩
5月8日から、コロナの感染症法上の位置付けが、インフルエンザと同じ5類になると言われています。
しかし、5類になるからといってコロナがインフルエンザになるわけではありません。また、新たな変異株の出現も心配されています。ワクチン接種は、今後とも必要です。進めねば…。
私は正直、ワクチン接種を5回していたので、この程度で済んだのではないかと思っています。若い人は、高齢者に比べて重症化リスクが低いほか、副反応を警戒してワクチン接種をしないとも聞いています。
私は、改めて感染した者として、油断大敵と言いたい。国が方針を示し、全国的に手堅くワクチン接種を進めていくべき。全額、国で負担して進めていくべき。
町民の皆さん。まだ、まだ、コロナは恐ろしく、手強いものです。引き続き、注意していきましょう。
毎月1回、22人の区長さんと会議をしています。町民の皆様に配付する資料の説明をしたり、行政の課題について意見交換したりするためですが、1月末の会議で数人の区長さんから
「先日、役場に来たら1階はストーブもあり暖かかったが、そこ以外はあまり電気も点いておらず、寒い中、職員がコートを着て仕事をしていた。とてもかわいそうだ」そのような意見をいただきました。
役場では、昨年の夏から奥山副町長と渡邊総務課長が先頭となり、節電・節約を呼び掛けており、この冬は、私も長袖の下着とズボン下を身に着け、来客がいない場合は、町長室でもコートを着て仕事をしておりました。(隗より始めよ)
先月の河北新報に「戦々恐々の電気代10万円も」の記事。燃料価格の高騰で電気代が既に2倍以上になった世帯が続出し、月の請求が10万円も現実味を帯びる。また、節電しても、1月分が一昨年の2・7倍に増えた家庭もあるとのこと。そして、東北電力は4月から平均32・94%の引き上げを計画しています。
町の行政関係の電気代は、昨年度より2110万円増の9050万円(1月末時点)で、暖房用の灯油も高止まりです。
農業関係では、この2年間で肥料の価格が3割、飼料は4割近く上がりました。生産費に占める飼料費の割合が高い酪農家のため、岸田首相は「配合飼料価格高騰の特別補填」を講じるよう指示を出しましたが…。注視してまいります。
役場や病院などの行政施設で、最も電気を使うのが下水道と水道の施設。上のグラフで示した役場と
公民館の3倍以上、年間1,620万円(令和3年度)を下水道施設に。水道は1,400万円。下水道や水
道の施設を維持・管理するために様々な設備を電気で動かしているわけです。
様々な物価が上昇し、皆さんご苦労されておりますが、このようなときだからこそ、火の用心、火の元に気を付けてください。山火事も発生しやすい時期です。乾燥しています。
火災現場で消火作業を見守る町長
令和4年4月28日 午後6時30分
今宿字清水林山
明日はアラバキでのステージ挨拶が待っている。
コロナに苦しめられて3年。加えて、国際情勢の不安定による物価高騰が生活を直撃しています。この間、川崎町では総額20億9,400万円の予算を投入して、107の事業を実施してきました。
もちろん、これらの事業は、町民の皆様の苦境を思い、町議会からの要望を尊重して立案されたものであります。改めて、この3年間のコロナ対策を振り返るとともに、先月に発行された「議会情報便」で町民の方々から寄せられたご意見について、お答えします。
町の財政は、決して楽ではありませんが、この3年間で投入したコロナ対策費20億9,400万円のうち、約94%にあたる19億6,000万円は、国からの交付金を活用することで町の預金を取り崩さず事業を実施しました。下のグラフを見てください。
議会の要望を尊重し、職員も努力を重ね、財政をやりくりし事業を進めた結果、コロナ禍の3年間で約7億円、町の預金を増やし、借金を約1億円、減らすことができそうです。
商品券の配付については、3年間で合計5回。令和2年度は、全世帯に1万円分でした。世帯によって人数が違うとのご意見もいただいたところですが、同じころ、全町民に1人あたり10万円の現金配付がありました。これだけで下の円グラフに、大きく示されている定額給付、8億7,020万円になっています。令和3年度は、全町民1人あたり7,000円分です。そして、令和4年度は、コロナ禍による減収のみならず、物価高騰に対する生活支援と、地元の商店等の活性化のため、3回にわたって合計、1人につき1万7,000円分の商品券を配付。他の町にはない手厚いものになりました。この事業も国からの交付金を活用して実施したものです。今後このような交付金があれば検討します。
下の円グラフを見てください。町内で事業を営んでいる方へは、事業継続支援金や休業補填、農家支援などを実行してまいりました。合計2億7,250万円となりますが、確かに十分ではないと感じます。
さらなる支援を、と議会からも要望されましたが、コロナ禍がいつ終わるかが読めない状況で、町の財源を確保しておかねばならず、町民一人ひとりの生活を優先し商品券配付の回数を増やしたものです。
コロナ禍と物価高騰により、各世帯が、大変、ご苦労なさっている状況だと思いますが、その状況に合わせた支援を、きめ細かく実施することが困難なため、低所得者の世帯などで区分けして支援しております。
また、不公平さを少しでもなくすために、他の市町村よりも多く、商品券の配付という政策をとりました。
ところで、低所得者の世帯数は約900世帯で、全世帯数3,391世帯の26・5%になっています。
各小中学校のプールが老朽化したことでB&Gの施設を利用する機会が多くなるため、感染症対策を実施しました。令和5年度には、町内すべての児童生徒がプールの授業で使用する予定です。
また、マラソン大会や中総体の会場として利用される総合運動場についても、屋外でのスポーツ推進を図るため、トイレの洋式化など改修したところです。昨年秋のレイクサイドマラソン大会では、ピッカピカのトイレが評判となりました。
きれいになったプールでご機嫌♪
小中学校の消毒作業など継続しなければならない事業もありますが、定額給付や商品券の配付などの支援は、町のお金だけで事業をすることが難しいのも事実です。国からの交付金と町の財政を常に考えながら政策を練っていきたいと思います。
いずれにしても、ここだ、という時には、町の貯金を取り崩しても、やらねばなりません。議会の皆さんとともに決断してまいります。
確かに、現金であれば、どこででも使えて便利だと思いますが、商品券の配付は、町民の皆さんへの支援と併せて、町内の商店の利用を促進するために実施しました。地元の商店がなくなれば、困るのは地元の私たちだと思うのです。ご理解を。
今回の支援方針を決定する上で、すべての農家を対象にすべきか検討しましたが、国の交付金を活用し実施するため事業費には上限を設けなければなりません。肥料・飼料高騰は、すべての農業者に影響を及ぼしておりますが、事業費の上限があるため認定農業者のみの支援となりました。改めて、ご理解を。
伊藤様から励ましのハガキをいただきました。町内でも感染された方が多く、コロナウイルスによって帯状疱疹が発症しやすいとの研究結果もあり、ワクチン接種への助成を決断。県内の市町村では川崎町だけであり、来年度からも町費で継続します。また、同時流行が心配されるインフルエンザ予防接種へも他の自治体に勝る補助を継続していきます。
町で作成した帯状疱疹のチラシ
売り上げが減少した方々に、令和2年度は20万円、3年度は10万円、4年度にも10万円と3年連続で支援。
町内の約280の事業者の方から申請がありました。少しでも、お役に立てれば幸いです。
令和3年4月24日、ワクチン接種予約始まる。
5月10日から実施。待望の国家事業だが、コロナ発生からすでに1年以上が過ぎていた。マスクはもとより、ワクチンも国内にはない。ワクチン確保に翻弄される自治体。難局にオール・カワサキで臨む職員たち、必死だ。
(写真左から、齋藤竣介主事、大松弘行主査、高松奈介主事、大宮竜也課長補佐、岡崎一也課長補佐)
私たちは、3年間、町民の暮らしと健康を守るため、様々な政策を実行してきました。
議会からは、この間、コロナ関連の一般質問を23件頂戴し、議会での質疑も27件を数えました。このような経緯から、他の市町村にない手厚い商品券の配付、帯状疱疹やインフルエンザのワクチン接種助成等の川崎町独自の政策が実現したわけです。
上の写真、2年前の広報の表紙。緊張感がビシビシ伝わってきますが、ワクチン接種の予約を受け付けているところです。やっとワクチン接種。しかし、この国家事業、どの市町村も「綱渡り」の連続!仙台市のコールセンターに不満続出、打ち手不足、会場確保できず、先着順に予約電話殺到、自治体悲鳴!等々。テレビや新聞は連日、状況を報道しました。
多くの市町村が電話予約を業者に委託するなか、我が町は、保健福祉課が対応、保健師も待機。皆さんのどのような問い合わせにも応じることができましたし、直接窓口に来る人のために、土日も窓口で対応。もちろん、医師や打ち手不足は、川崎病院が担っていたので心配ご無用。
このようにして、職員が土壇場で馬力をかけて取り組み、経費を削減し、その分、商品券などに充てることができました。
職員たちは、本当によくやってくれています。感謝しかありません。
町長は毎日のように接種現場へ。企画からチラシ作成まで細かく指示を出します。
(写真:広報かわさき令和2年7月号より)
1月4日、小池東京都知事が「少子化対策を充実させる」と決意を語り、その数時間後、今度は岸田首相が「異次元の少子化対策に挑戦したい」との表明をされました。
思えば、私は12年前、町長に就任した時から、2期8年間、給料を30%カットしながら、子育て支援の政策を進めてまいりました。
この言葉は、「まず、あなたがやりなさい」という意味。財源を確保するため、自分の身を少しでも削ることは容易ではありません。しかし、子育て支援の重要性を、町民や議会の皆様にご理解いただくべく、私は決断し実行いたしました。
就任から様々な子育て支援策を実施してきましたが、2期目、平成28年度からは、兄弟・姉妹で小・中学校のいずれかに在学時の2人目以降の給食費を無償とする政策を開始。
その時は、財源不足があり、すべての子どもたちを無償とするまでには至りませんでした。財源をどう確保するのか。このたび、今後の財源の確保が見通せたことから、完全実施に踏み出すことといたしました。
元来、義務教育の小・中学校の給食費は、国が負担すべきものでありますが、その実現を待っていても、いつのことやら…やるしかない。それが、偽りのない私の思いです。
いつの時代も、子どもたちがしっかりと食べ、しっかりと育ってくれることを誰もが願っています。
かつて、アメリカの第35代大統領ジョン・F・ケネディは言いました。
私たちの共通点は、皆この小さな惑星に住み、皆同じ空気を吸い、皆子どもたちの未来を大切に思っている。そして、皆死んでいく身なのだ。
子どもたちは、世界で最も価値ある財産であり、未来への希望の星だ。
「じいちゃん、早く早く‼」
希望の星は手ごわいのだ
コロナに苦しめられて3年。昨年の11月末、全国でコロナによる死者数が5万人を超えました。昨年だけで3万人の死者が出ています。世界中で多くの人々がコロナで命を失い、家族を失い、職を失い、家を失っています。
とにかく町民の皆さんの命を守らなければならない。私たちは着実にワクチン接種を進めてきました。町民の皆さんのご理解と関係者のご尽力により、県内の市町村でトップの接種率を維持し、感染率も県平均を大きく下回っています。町民の皆さんに関係者に心から感謝と御礼を申し上げます。
改めて、コロナに翻弄されて3年。この間、川崎町では国からの交付金を活用しながら合計20億9,400万円の予算を投入して、107のコロナ対策を実行してきました。しかしながら、まだまだ収束は見えておりません。
加えて2月にロシアがウクライナに侵攻したことで原油や穀物などの価格が高騰。9月には異例の円安、半年で25円も円が下落。円安は輸入品の価格上昇に拍車をかけ、さらなる値上げが相次ぎ家計を直撃しています。
川崎町では、少しでも町民の皆さんの家計を助けるべく、12月に町民1人あたり5,000円の商品券を配付しました。今年度に入り6月の7,000円、8月の5,000円に続き3回目であり、県内の市町村ではほかにありません。
また、低所得の920世帯の方々には、福祉灯油の助成をしました。畜産業の方々に飼料の高騰分の一部だけでもと助成。認定農業者の方々には肥料高騰分に対する補助。もちろん、売り上げが減り経費が増えた事業者の皆さんには、3年連続で合計1億7,200万円の手当をしたところです。さらに、コロナによって発症しやすくなる帯状疱疹の予防接種への助成は県内初の実施です。コロナと同時流行が心配されるインフルエンザの予防接種の補助も3年連続で他市町村にない内容です。107の政策を実行してきました。
もちろん、「もっと支援を拡大すべきだ!」「全世帯に灯油代を手厚く!」との声も聞いております。私たちも何とか、もう少しとも思っています。そんな時、『米百俵』の話を思い出すのです。
今から153年前、越後(新潟県)の長岡藩は、戊辰戦争で新政府軍と激戦を繰り広げた。その結果、城下町長岡は焼け野原になってしまった。その時、長岡の窮状を知った支藩の三根山藩から米百俵が見舞いとして贈られてきた。人々は、“これで一息つける”と喜んだ。
「米をくれ! 米を分けろ! 米をよこせ!」と人々は叫んだ。
しかし、リーダーの小林虎三郎は言った。
「この米を皆で分けて、喰いつぶしてどうなる。この百俵を基にして学校を建てることが長岡を立て直す一番確かな道だ。」
そして、反対する人々を説得し、米を売り、その代金を学校の本や用具の購入に充てたのである。まもなく、新校舎が完成。以後、長岡からは近代日本の発展に貢献した人材が、数多く輩出されている。これが世に言う『米百俵』の話である。
世界は今、コロナとロシアによるウクライナ侵攻という大きな2つの危機に見舞われています。そして、日本では円安からくる物価の高騰も人々を苦しめています。いつの時代も試練があります。だからこそ、私たちは皆さんから与えられた信頼に感謝し、目の前にある課題に対応してまいります。
かつて経験したことのないコロナ禍、物価高ではありますが、私たちは思いやりと理性を持って、希望と感謝を忘れず、互いに助け合っていかねばなりません。
終わりが見えないコロナ禍だからこそ…
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